寒いですよ

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    雨が降ってから冬に逆戻りしたみたいで、寒いです。
    実は衣更えをまだしてないのですが、それどころではない寒さです。( ;∀;)

    先週のあたまに近所の郵便局まで歩いて行ったのですが、桜はほぼ散った後でした。
    その前に見た時はまだ蕾だったのにね。

    こういう言い方はよくないし、好きじゃないので言葉にはしないのですが、桜が咲いたといって花見で騒げるのは幸せだからなんだなあ、と。
    人と一緒になって楽しく過ごせるのは、幸せだからなのです。

    私にはもうそういう幸せはないから、きれいな桜を観ることがこわくて、それでわざと強いて見に行かなかったのです。
    でも、散ってしまったらしまったで、申し訳ないことをしたと思ったり。
    ああ、めんどくさい。( ;∀;)

    昨夜はひさしぶりに、
    こがねちゃんとりうちゃんの夢を見ました。
    部屋の中を元気に走り回っていました。
    いつのまにか、知らないネコさんがもうひとりいて、同じように部屋の中を走り回ってて、あれ、どこから入ってきたのだろう、と、はっとするのですが、なんかもう、まあ、いいかと思って、そのままにしときました。
    白にキジの柄がポツポツ入った、ほっそりしたネコでした。

    ネコが部屋の中を走り回ってる。

    何気ない私の幸せな日常。

    こがねちゃんとりうちゃんには感謝してもしきれないし、詫びても詫びても詫びたりないです。

    その気持ちや寂しさ悲しさもふくめて、それがネコと暮らす幸せなのだと思います。
    全部ひっくるめて受けとめて、抱えていかないとね。
    (^_^)

    みおくるということ

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      一緒に暮らしているネコ、犬もそうだと思いますが、私は犬は一緒に暮らしたことがないので、ネコの話になりますが。

      順当にいけば、大抵は病院通いが始まって、介護があって、みおくることになります。
      私は、ずっとこれを経験しないうちは本当には一緒に暮らした、飼い主をやったとは言えないのだろうなあ、と、思っていました。

      そして、それをやって解ったのは、これ以上に辛いことなど何もない、ということです。

      この事を経験するということは、同じ地獄を経験したということで、つまりは戦友なのだろうと思います。
      同じ苦しみ、辛さ、悲しみです。
      これは本当に同じだと思いますし、解ります。
      今は本当に解ります。

      違うのは、その後の心の有り様でしょうか。

      すぐに大丈夫になれる人もあれば、ずっと大丈夫じゃない人もいて、どれも間違いじゃありません。
      その人の気のすむように気持ちは持てばいいと思いますし、他人はその気持ちを認めて静観するだけでいいと思います。

      内心、気がしれないと呆れたり辟易する事があるとしても、「この人の気持ちはそうなのだ」と、肯定的に受け止めたり、受け流す事が肝要かと思います。

      基本、人の気持ちや心の有り様は、否定してはいけないのだと、私は今頃、この年齢(国家機密)になって思います。

      愛別離苦ということ、私は私のネコ達から教わり、理解させてもらいました。
      教わりたくなかったけど、避けて通れない、逃げられないことです。
      辛い。

      辛いけど、それも全部含めて、ネコと暮らすのはとても幸せなことです。( ;∀;)

      まるる様
      ありがとうございます。
      私達は、戦友です。( ;∀;)
      私の方こそ、ネコさん達ときちんとむきあってケアをされている、まるるさんを尊敬しています。
      大変な事も多いと思います。
      どうぞ、お心のままに。
      迷うような事がありましたら、後悔するかしないかでお決めになるのが良いと思います。
      最善というのは、結果ではなく、後悔しない事だと思うのです。(`;ω;´)


      りうちゃん月命日

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        今日は、りうちゃんの月命日です。

        一月、二月、で、三月が2回目の月命日。

         

        今月は特にバタバタしていて、就寝する時(だいたい午前1〜2時です。(-_-;))にやっと一息つけるのですが、その時のメンタルはもうドロドロで、ドロドロのまま気を失うように寝るものだから、三時間ぐらいでまたドロドロのまま目を覚まして、また寝て、朝ドラが始まる頃にドロドロのまま起きる… という。

         

        もしかしたら、普通は心療内科とかにもう行っているレベルなのかもしれないですが、私のメンタルのドロドロさはそれこそ小学生の時から、下手したらそれ以下からなので、いまさらどうとも思いません。

        楽しいとか嬉しいとかの方が私にとっては特異なことで、あまり必要でもありません。

        多分もうメンタルにパーテーションができているのだと思います。

        ドロドロが常に渦巻いている領域と、普通に過ごせる領域の間に隔壁があります。

        だから普通に生活できます。

         

        そんな強靭な神経をもってしても、りうちゃんがいない、こがねちゃんがいない… ことはやはりきついです。

        本当にきつい。

        もちろん、こうなることは理屈では知っていました。

        でも、理解はしていませんでした。

        ほんと、バカだなあ、と思います。

        私は何も学ばないし、懲りないし、喉元すぎるとすぐ忘れる。

        その愚かさをずっとかみしめています、

         

        ちょっと前に偶然、中村勘三郎さんが亡くなった時の野田秀樹さんの弔辞の言葉を読みました。

        少し引用します。

         

         見てごらん。

         列をなし、君を見に来てくれている人たちを。

         君はこれほど多くの人に愛されていた。

         そしてきょう、これほど多くの人を残して、さっさと去ってしまう。

         残された僕たちは、これから長い時間をかけて、君の死を、中村勘三郎の死を越えていかなければならない。
         いつだってそうだ。

         生き残った者は、死者を越えていく。

         そのことで生き続ける。

         分かっている。

         けど、いまの僕にそれができるだろうか…。

         君の死は僕を、子供に戻してしまう。

         これから僕は、君の死とともにずっと、ずっと生き続ける気がする。
         芝居の台本を書いているときも、桜の木の下で花を見ているとき、けいこ場でくつろいでいるとき、落ち葉がハラハラと一枝を舞うとき、舞台初日の舞台本番前の袖でも、ふとしたはずみで、君を思い出し続けるだろう。

         

        (中略)

         

         お前に安らかになんか眠ってほしくない。

        (涙ながらに)まだ、この世をウロウロしていてくれ。

         化けて出てきてくれ。

         そして、ばったり俺を驚かせてくれ。

         君の死は、そんな理不尽な願いを抱かせる。

         君の死は、僕を子供に戻してしまう。

         

        (中略)

         

         でも、いまはまだ君の死を、君の不在を真正面から見ることなどできない。

         子供に戻ってしまった作家など、作家として失格だ。

         でも、それでいい。僕は君とともに暮らした作家である前に、君の友だちだった。親友だ。盟友だ。戦友だ。

         

        さすがに一流の劇作家だけあって、心にずんと来る名文です。

        読むだけで泣けてきます。

        でも、わたしはこの中の、

         

        これから僕は、君の死とともにずっと、ずっと生き続ける気がする。
         芝居の台本を書いているときも、桜の木の下で花を見ているとき、けいこ場でくつろいでいるとき、落ち葉がハラハラと一枝を舞うとき、舞台初日の舞台本番前の袖でも、ふとしたはずみで、君を思い出し続けるだろう。

         

        この部分で、少し、いえ、かなり気持ちがスッと楽になりました。

        こがねちゃんがみまかってから、りうちゃんがみまかってから、一日も一瞬もその存在を忘れたことはありません。

        何をしていても、テレビを見ながらギャハギャハ笑っていても、パーテーション一枚隔てた向こうはドロドロのぐちゃぐちゃで、ふたりの存在を忘れたことはありません。

         

        この一文を読んで、ああ、私はそれでいいのだ、と思いました。

        忘れられないこと、過去にできないことは正直苦しいです。

        でも、それでいい、そうしてきっと意識がなくなって死ぬまでそうで、それでいいのだと、今はそう思っています。

         

        暖かくなって、桜が一気に咲き始めました。

        今日はとても暖かかったので、朝のうちには六分咲きだった近所の桜も、きっと今日一日で満開になったと思います。

        でも、どうでもいい、って言ってしまったら、桜がかわいそうですね。

        のんびり眺めに行く気持ちも時間もないのですが、今年も咲いてくれたことは感謝して、寿ぎたいと思います。

         

        桜を敬愛する気持ちを、同じ気持ちを、他の生きものたちや草花にも、みんなが向けてくれたら、世の中はもう少し良い方向に向かうのかもしれません。

         


        明日は四十九日

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          明日の日曜日、18日はりうちゃんの四十九日です。
          普通に過ごしますが、居間から私の部屋のこがねちゃんの隣に引っ越しです。

          ここ数日、何も書かなかったのは、越えないといけない山が2つあったからですが、結局は毎日悲しくて、「辛い…」が口癖になってしまってるので、山を越すだけで気力が目一杯でした。

          そして、今月一杯はもう1つ山があったという。(`;ω;´)
          まあ、ありがたいことです。
          忙しい間は「辛い…」が口をついて出てきませんから。

          昨夜は久しぶりに、夢で二人を見ました。
          あまりいい夢ではなく、どっちかというと悪夢だったのですが、居間の姿見の鏡の中に、こがねちゃんが寝そべってこっちを見ていて、「あっ、こがねちゃん」と、嬉しい気持ちになって、悪夢が悪夢でなくなりました。
          近寄ったら、すぐに今度はりうちゃんに換わりました。
          あらっ、と、思ったところで終わりです。

          辛いなあ…





          こんな写真がありました

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            チュッと挨拶

            こがねちゃんとりうちゃんは、仲がいいとは言えないけど、悪くもなかったです。
            りうちゃんはこがねちゃんが好きだけど、こがねちゃんはそれほどでもないと言うか、多分、りうちゃんのこと好き?って、訊いたら、「別に」とか、「普通」って言うと思います。

            だから、たまに仲良さそうな様子を見た時は、なおのこと嬉しかったです。(`;ω;´)

            毎日の何気ない一瞬や、当たり前の様子、それも全てかけがえのない「幸せ」です。
            どうか大事に、感謝をもって接して、「いつくしんで」あげて下さい。(`;ω;´)


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